真幸くあらばのあらすじと無料視聴方法を紹介

2021年1月2日



「真幸くあらば」とは、万葉集に収録されている有間皇子という人物の和歌です。意味は、罪が軽くなるのだったらまた見ることもあるだろうというもの。

史実上無実の罪で処刑されたといわれる悲劇の皇子の残した挽歌です。映画「真幸くあらば」も犯罪とその贖罪を縦糸に、尾野真千子さんの強烈なまでのヌードシーンを横糸に織り上げられた一枚の絵巻物と言えます。

南木野淳は、ある日空き巣に入った先に出くわしたカップルを殺害してしまいます。逮捕され裁判を受けた淳は、その罪で死刑を言い渡されていました。行きずりの犯行で2人もの命を奪ったことに後悔とあきらめを感じつつ、素直に死を待っていた淳でしたが運命は思わず変転していきます。

刑務所の無機質な施設が、生命の果てという極地をまざまざと描きます。命の瀬戸際にありながら、命をすでに奪っている自分には何も望む権利がない。淳の感情や生命も、コンクリートの壁によって徐々に徐々に弱っていくようです。

ある日唐突に、思いもかけない出会いが訪れます。淳の面会に現れた見知らぬ女性は、川原薫と名乗りました。怪訝な淳に対し、彼女はあなたが殺した男の婚約者だったと語ります。カップルの男性は、浮気の途中で被害にあったのでした。信頼していた恋人を、二重の意味で奪われた薫もまた消え入るように儚い姿で描かれます。

薫は、「あなたが死んでいくところを見たかった」と驚異的な告白をします。奪い、奪われながらも次第に惹かれていく死刑囚と塀の外の女性はあまりにも理不尽です。現実ではありえない状況ですが、作中では悲しい運命のもつれこそが理不尽であるという描写に徹しています。

薫は塀を見上げ、淳は鉄格子を見上げただ相手のことを思って過ごす夜は自分で自分を慰めるしかありません。自分で果てていきながら、惜しげもなく裸体をさらしてひとこと「おやすみなさい」とつぶやく薫。これは悲劇という言葉で片づけるべきなのか、悲劇ならだれにとっての悲劇なのかと視聴者は混乱させられるでしょう。

理不尽な現実に翻弄されながらも、熱烈なプラトニックラブに徹している「真幸くあらば」の世界観。一見すれば、淳は無実の罪で収監され、その帰りを待つ恋人が薫と言えそうです。本来ならこうして描かれるべき世界が、恐ろしいまでに捻じ曲げられてしまっているのが最大の見どころでしょう。

究極の脳内純愛とも評されているこの映画は、極力色味を落とした画面で力なくつぶやくようなセリフが流れます。ただ相手のことを想う、それも逃れがたい現実の前でなすすべなく想うというのが果たして純愛なのでしょうか。純愛と言っていいのなら、これは強制的純愛でしょう。死を待つだけの男と、待つ意味もないのに待っている女は絵画的でありこの上なく絶望的な表現です。

絶望が生んだ純愛は、なんとも無機的でそれでいて官能的に響きます。実際に触れ合わないからこその恋愛は、相手がいないからこそ生々しく迫ってきます。ほとんど妄想の中だけの恋人との逢瀬、感情の中だけで成り立っている行為は朝日で乾いていくしずくの様に刹那的です。多くの視聴者が、こんな物語はごめんだと思いつつ一度はこれほど強く純粋に愛されてみたいと感じるのかもしれません。

罪を犯したことを認めて受け入れ、死の現実もあきらめていた主人公の前に突き付けられたのは何よりの贖罪と言えます。死の淵にありながら、生の欲求で身を切られる夜はどれほどの苦痛を彼に与えたことでしょう。

そして、その贖罪のきっかけを作った彼女の心は果たして満たされるのでしょうか。贖罪でありながら幸福で、幸福でありながら理不尽というこの作品は人を恋するという現実の辛さと儚さと永久に画面に焼き付けた傑作と言えます。

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